伊豆半島ジオパーク構想への提言

はじめに:

提言者は神奈川県藤沢市に本社を置くダイビングスクール(東京都・神奈川県・静岡県・米国グアムに計12店舗を展開)の代表で、1986年創業。本年で28周年を迎える。
ダイビング開催地は北海道から沖縄・南西諸島全域までの国内、及び海外(環太平洋)。
ダイビング地の割合として、富戸・伊豆海洋公園を中心とした東伊豆海岸をはじめ、伊豆半島のほぼ全域における潜水地が最も多く、全潜水地の約8割を占める。
スキューバダイビング講習、ダイビングツアー、シュノーケリング教室等を開催。
当スクールに参加のために伊豆急城ヶ崎海岸駅での乗降者は、年間のべ12,000人(2010年データ)になる。

創業以来26年間、伊豆で潜り続けてきた私達プロダイバーの代表として是非ジオパーク構想における重要な構成資産のひとつとして「伊豆の海中」に関し提言を申し上げたいと思います。

伊豆の海の特徴:

1.自然海岸

まず、地球規模での海洋環境悪化が進み、国内の沿岸環境においても自然海岸の消滅が進む中、伊豆半島全体は極めて自然の原風景をとどめていると言える。
例えば、大都市やコンビナートが集中している三浦半島の剣崎から房総半島の州崎に至る775kmの海岸線のうち、約9割が人工海岸で自然海岸はわずか1割にも満たない。
それに比較して富士箱根伊豆国立公園に指定され、特別保護地区・特別地域が多い事で保護され、多くの自然海岸を残す伊豆半島の海と自然は都心に近い名勝として、日本国内でも特筆すべき存在である。

2.黒潮の影響
① 透視度の高い海

まず、伊豆の海に初めて訪れる多くのダイバー、シュノーケラー、遊泳者達はその青く澄んだ透視度の高い海に驚かされる。
普段、都市圏で見られる海の色などに慣れている彼らの目には、驚異的な美しさとして言い様のない感動を覚える。
平均透視度は10mを超え、30mの透視度を記録することも珍しくない。
沿岸地域に大都市をひかえ、生活・工業用水流入による汚染の影響が強い相模湾~房総半島海域に比較するとはるかに高い透視度と言える。
また、この要因にはもともと透視度の高い黒潮海流の影響も強いと考えられている。

透明度の良い冬の海。
潜水地が水面から見渡せる程のクリアーな状態が続きます。
これがダイバー達への「冬の海」の売り物となっている。
冬の海

② 暖かい海

黒潮暖流の影響もあり、伊豆の海の水温は地球レベルで見ても同緯度の海域に比較して驚異的な暖水温を誇り、夏期で27~28℃を記録し、最も寒い冬期でも13℃前後を下回る事は滅多になく、冬にあっても常に大気温より暖かい状態が続く。

四季を通して多くのダイバーが伊豆に訪れる理由はここにもある。

③ 生物の多い海

伊豆の海における最も特徴的な生物相は熱帯海域から黒潮と共に北上、漂流して来る死滅回遊(無効分散)魚と呼ばれる魚達が見られることである。
現在識別されているだけでも、およそ120種を超えると言われており、これらは親潮寒流と共に南下、もしくは伊豆海域・温帯域において一般的に見られる魚類に加え、その特徴的なカラフルな体色が水中景観をより豊かなものにしてくれている。
また、相模湾海域における海洋生物は少なくとも5,000種を超えると言われ(東京大学臨海研究所発表)、その影響は東伊豆相模灘全域にも強いと考えられる。

死滅回遊魚の代表といえばクマノミ。

もともと南の魚である彼らはダイバーの中でも最も人気のある魚のひとつでもあり、伊豆の海では普通に見られる。

死滅回遊魚

3.水深

西伊豆側 駿河湾は日本で最も深い湾(水深2,400m)。

そして東伊豆に近い相模湾は2番目に深く(水深1,300m)、日本の主要湾における3大深湾のうちの2つをひかえている。(3番目は富山湾の1,200mで、それらの他は全て100m台)
沿岸部がすぐ深い海に直結している事での海洋生物への影響や、深海からの湧昇による沿岸海域への好影響は計り知れない。

水深500m付近に生息すると言われているキアンコウ。

晩秋から冬の期間は浅海に上がってくる事があり、ダイバーの目を楽しませてくれる。

キアンコウ

4.湧昇流

海水が深層から表層に湧き上がる現象を「湧昇流」というが、普通 表層と深層の海水は、水温・塩分濃度など物理的・化学的な性質により混ざり合うことがない。
両者が接続するのは地球上のほんの一部と言われている。
西伊豆 駿河湾をはじめ、東伊豆 城ヶ崎海岸沖では沖合い1海里ですでに800mの水深になり、沿岸湧昇が発生する条件が整っているのではないか?と考えられている。
深層、水深1,000m以深では、マリンスノーなど表層から沈降してきた有機物が大量に蓄積している。
そのため、一たび湧昇が起きると植物プランクトンが爆発的に発生し、それを食べる動物プランクトンから高次捕食者であるイルカ、マグロ、時には鯨までの生態系が形成される。
この事は伊豆の海を象徴する上で重要な要素のひとつと考えます。

5.地形

第四紀火山が侵食されて形成された山稜や、活動中の伊豆東部火山帯による独特の地形は海中でもその姿を見る事が出来、切り立った海岸線はそのまま海洋環境に大きな恩恵をもたらしている。
コンクリートで固められた壁となってしまっている海岸線が多い日本の沿岸環境にあって、伊豆半島全域を形成する海岸線、とりわけ大室山の噴火による溶岩流出によって形成された「波打ち際」は貴重である。
そもそも自然海岸では波が砕けることによって水の中に空気が取り込まれ、水が浄化され、浅いところでは多くの魚種が稚魚期を過ごしている。
こういう大切な環境がきちんと残っている事は、ジオパークの構成資産としても非常に重要な意味を成す。

水中でも地域の地史や地質現象がよくわかる地質遺産を多く含むと言える。
伊豆海洋公園は、大室山からの溶岩がそのままいくつもの「水中根」になって沖に向かっている。
その他、水深差を形成する「がけ」や転石、砂地など多種多様な水中地形を見る事ができる。
伊豆海洋公園

6.森と海との関わり

伊豆半島における最高峰 万三郎岳(1,405m)を含む天城連山をはじめ、1,000m級の山々が連なるその姿は正に半島の脊梁をなし、海岸までほとんど平坦な地形の見られない山がちな半島であることがわかる。
伊豆半島を囲む海が豊かであることの要因は、海と陸との相互作用の下に成り立つということ。
海洋におけるその多様な生態系は山、森、河川、汽水域のそれぞれをつなぐ終着点であると言える。
そして、そこに広がる伊豆の海は、暖・寒流が出会い織り成す絶妙な環境を生み出し、正に多様な生態系が「豊饒の海」を保持しているのです。

周囲を海に囲まれた日本列島に暮らす私達ほど、海を身近に思う国民は少ないでしょう。
私達の祖先は長いあいだ海や森から恵みを得て暮らしてきたのです。
そして、「森と海との関わり」を考える時、伊豆半島全体が巨大な「魚附林」である事に気が付きます。
ジオパークの資産となるのは「大地に根ざしたすべてのものである」とあるならば、伊豆半島の自然を語る時海、そして海中の環境を抜きにしては語れないのです。

7.「海の中にもジオサイト」を

提案者は科学者でも研究者でもありませんが、一ダイバーとして約30年潜り続け、それは伊豆の海にとどまらず国内外、様々な海で潜り続けて来た「海中の目撃者」としての提言を行なって来ました。
とりわけ伊豆の海はこれまで述べさせて頂いたように日本国内外はもとより、地球規模で見ても貴重な生態系を成しており、その保全と共に、広くより多くの人達に知らしめる事に強い関心と情熱をかたむけて来ました。
特に一ダイバーとして期待したい事は、一般市民にはなかなか知り得ない水中世界を目撃して来た自分にとって最も思いを強く持っている海洋環境の「保全」に対し、より多くの人々に関心を持ってもらいたいという事です。
そこには、近代における様々な開発行為の最終的な影響が海である、と感じる目撃者としての真実があるのです。
海洋環境を守るための最も大切な機会は、「前もって行動するという原則」と「持続可能な発展」であると認識しています。
この事が理解されず、実践されずにいる事は私達のような海をフィールドにしている者や、漁業・水産業に従事する人達を経済・文化面において窮地に追い込む事にもなりかねませんし、国民規模においても危機的な状況になるものと認識しています。

大地が育んだ貴重な資産、そして海。
それらの保全と活用によって経済・文化活動を高め、雇用を促進し、結果として地域振興につながっていく仕組みとしての重要な構成要素である「海中」をキーワードに、あらためて「海中にもジオサイト」という提言をさせて頂きたいと思います。

武本 匡弘

NPO法人 パパラギ海と自然の教室 発起人
日本自然保護協会観察指導員
日本珊瑚礁学会 会員

 

<参考書籍>

伊豆の海 海中大図鑑 伊藤 勝敏
データハウス
海の何でも小事典 道田 豊・小田巻 実・
八島 邦夫・加藤 茂
講談社
日本の村 海をひらいた人々 宮本 常一
ちくま文庫
海岸林が消える!? 近田 文弘
大日本図書
海の環境学 川崎 健
新日本出版
イワシと気候変動 川崎 健
岩波新書
森はすべて魚つき林 柳沼 武彦
北斗出版
魚附林の地球環境学 白岩 孝行
昭和堂
伊豆半島ジオパーク構想
ジオガイド養成テキスト
伊豆半島ジオパーク推進協議会事務局
伊豆の大地の物語 小山 真人
静岡新聞社
漁師さんの森づくり 森は海の恋人 畠山重篤
講談社
日本”汽水”紀行
-「森は海の恋人」の世界を尋ねて
畠山重篤
文藝春秋
鉄は魔法つかい
-命と地球をはぐくむ「鉄」物語
畠山重篤
小学館

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投稿者プロフィール

パパラギ”海と自然の教室”
パパラギ”海と自然の教室”

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